アンテリアー・ガイダンス
- 2012.11.30
- 『美の追究』~審美と噛み合わせのハーモニー~
1991年から4年間に渡り、歯科の専門誌に『美の追究』というタイトルで、当院顧問の稲葉繁が、審美歯科について連載させていただいておりました。
当院の審美歯科治療は、すべて、このコラム『美の追究』を原点としております。
私たちが考える、審美歯科は、歯を白くするだけの技術ではなく、もっと根本的な審美の法則に基づいております。
このブログを読んでいただいている読者の方にお伝えすることが出来ればと思います。
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◆アンテリアー・ガイダンス
萌出間もない前歯の特徴
小学校低学年の児童の中に、乳歯が抜けた口元からビーバーのように大きく、萌出途中のハの字型に開いた白い前歯が覗いているのを見ると、かわいらしさを覚えるものです。
大きく成長した顎には小さ過ぎて、隙間ができてしまった乳歯の直下の骨の中で、その間隙を埋める大きさに育ち、やがて口中に顔を出し、永久歯列を創造します 。
この自然の摂理には本当に関心してしまいます。
萌出間もない前歯は、しばらくの間はいずれの歯とも接触がなく、歯の解剖学で習ったとおりの完璧な形態を備えています。
すなわち、切縁は角がなく丸みを帯びた尾根のようになっていて、多くは2つの溝、つまり唇側面溝があります。
これは、萌出間もない前歯の切縁に見られる3つの発育葉、あるいは切縁結節の間の境界です。
やがて切縁結節は対合歯が萌出し、お互いに接触を始めると、咬耗により消失する運命にあります。
しかし、反対咬合やオープンバイトの場合には、いつまでも存在します。
アンテリアー・ガイダンスの意義
永久歯列が完成すると、上下の臼歯は咬頭頂と窩、隆線と溝が噛み合い、中心咬合位が確立します。
そのとき前歯は通常、上顎の舌側の斜面に下顎の前歯の切端が軽く接触し、下顎が前方に移動すると、上顎前歯の舌側の斜面を下顎の切端が滑走します。
このとき歯軸の傾斜度、舌側の斜面の角度により、臼歯が接触するか、あるいは離開するかが決定します。
この際、大きく影響していくるのは顎関節の要素であり、関節窩の滑走方向と角度、いわゆる顆路角に影響されます。
それゆえ、下顎運動を決定する要素は、前方決定要素としての前歯と、後方決定要素である顎関節からなります。
後方決定要素としての顎関節は、個人の持つ関節の形態により決定されるため、任意に変えることはできませんが、前方決定要素としての前歯の歯牙路は、これまで任意に変えることができるといわれてきました。
しかし、下顎偏心運動の際に臼歯の接触を避け、側方力を排除するため、側方力に強いと言われる前歯にガイドさせて臼歯を離開させ、側方力を排除し、咬耗を防止する役目を持たせることが必要です。
この前歯のガイドをアンテリアー・ガイダンスと呼びますが、この量をどの程度与えるかは確立されていません。
角度を高くした場合には、前方に滑走する運動は阻害され顎関節にストレスがかかってしまうし、前歯のガイドを失えば、臼歯でのがガイドとなり偏心位での強い接触が生じ、咬耗や顎関節の機能障害を生んでしまう結果となります。
そのため、日本人の中切歯歯冠形態および顆路角と歯牙路がどのような関係にあるのかを知る必要があり、計測してみました。
●右側大臼歯の干渉により、左側犬歯切端の咬耗が生じ、長期間に左右のバランスを失います。
●強い平衡側の干渉によって生じた前歯の咬耗で、前歯の修復には細心の注意を要します。
中切歯歯冠形態と顆路、歯牙路の関係
中切歯歯冠形態では、上下顎中切歯被蓋角度・咬合小面角度・歯冠軸傾斜角度をそれぞれ計測しました。
被蓋角度は、上下の中切歯切端中央を結んだ線と咬合平面となす角度で表しました。
その結果、右側では37.3度、左側では36.2度でした。咬合小面角度は、実際の咬合小面を咬合平面となす角度で表しました。
その結果、右側では44.9度。左側では43.9度でした。
上顎中切歯咬合小面は、下顎を誘導する重要な曲面ですが、実際に誘導される形は上下顎の相対する歯の面と面の滑走です。
また、顎運動の誘導は中切歯のみではなく、側切歯や犬歯で合成されるものであり、咬合小面の複合体といえるものです。
したがって、前歯を1本だけ取り出してアンテリアー・ガイダンスを代表させることには無理があります。
顆路の測定をTMJ咬合器を用いて行ってみた結果では、中心咬合位から切端までの移動量を垂直方向の移動量で表したところ、左側顆路は平均29.0度、右側顆路は平均28.4度となりました。
さらに、前方滑走運動における下顎中切歯の運動方向、すなわち歯牙路を調べたところ、中切歯においては右側では39.2度、左側では39.3度であることがわかりました。
そこで、中切歯歯冠形態、すなわち被蓋角度、咬合小面角度と顆路の間に相関があるか否かを判定したところ、中心咬合位の間には相関を認めませんでした。
このことから、前方指導要素としての歯と歯列形態と後方指導要素としての顎関節の運動路には、相互の関連性がないといってよいでしょう。
前歯と歯列形態は、上下の顎骨の成長発育の量と方向、歯の大きさ、歯列を取り巻く口唇・頬・舌の筋によるばくちねーたー・メカニズムなど、多くの要因によるものと考えられ、顆路の影響は少ないと思われます。
前歯の異常咬耗は、平衡側臼歯の干渉などが原因であることが多いと考えられます。
下顎側方運動において、平衡側臼歯だけに接触が認められる場合には不正なテコ現象が現われ、上下の歯が接触している部分が支点となり、顎関節と前歯の間で、シーソー現象が生じます。
そこで下顎は、無意識のうちにテコ現象を避ける動きを行い、前歯に異常な接触が生まれてしまいます。
したがって、特に側切歯、犬歯に異常咬耗がある場合の修復の際には、臼歯の接触状態をチェックすることが鉄則です。
顎機能や歯の接触状態を確認せず、不用意にどのようなすばらしい形態や色彩の修復を行ったとしても、失敗に終わることは明白です。
前歯の修復は確実な咬合状態の確立があって初めて成功に導かれるものでしょう。
●前歯の誘導のバランスがよい咬合では、60年以上の使用でも咬耗はわずかです。